人事評価は必要か?

目次

人事評価制度に対する社員の不満

最近、会社の人事評価制度は必要であるかどうかということが議論されています。今回は人事評価制度の必要性の有無についてお話したいと思います。

そもそも人事評価の目的は、社員のやる気を高め、社員と組織の成果を上げ、成長を促すことです。しかし、実際にはそのようになっていないようです。

人財サービスに携わるアデコ社の行った人事評価制度に関する調査では労働者の62.3%が勤務先の人事評価制度に対し不満があると答えています。

その第1の理由は「評価基準が不明確である」ということです。また「評価者の価値観や業務経験によって評価にバラツキが出て、不公平だと感じる」という理由も挙げられています。

このようなこともあって、人事評価制度をよりよいものに変えようとする動きも見られます。しかし、この人事評価制度の問題は根が深く、小手先の変更では解決できないと私は考えています。

人事評価の存在自体に問題がある。

先程、人事評価制度に不満があると答えた理由として、評価基準の不明確さが挙げられていました。では、人事評価基準を明確にしたら人の不満は解消され、やる気は上がるのでしょうか。

例えば、学校などをイメージしてみてください。学校では生徒の成績はほぼ試験の結果やレポートなどの課題の良し悪しによって決まります。それらは会社での評価に比べ、基準がより明確であり、公正であるように思います。しかし、学校において生徒のやる気は高いかと言えば必ずしもそうではありません。多くの生徒が勉強嫌いであったり、学習意欲が低いのです。

つまり、人事評価や成績評価についてどれだけ基準を明確にし公平なものにしても、多くの人の満足やモチベーションは上がらないのです。これについては、社員も管理者もあまり気づいていないかもしれませんが人事評価の問題は評価基準の不明確さや不公平さにあるのではなく人事評価自体の存在にあるのです。

ですから、評価基準などの評価方法についての良し悪しを論じる前に、そもそも人事評価の存在自体がよいかどうかということを考える必要があります。

人事評価の存在の何が悪いのか。

人事評価の方法以前に、人事評価の存在自体に問題があるということをお伝えしました。

では、人事評価の存在の何が悪いのでしょうか。

とても重要なことは人事評価自体が人にストレスを与え、モチベーションを損なうものであるということです。それはなぜかというと、人事評価は人の絶対的な存在価値を脅かすものだからです。

これについてお話しするためには、まず「心理的安全性」ということについて触れたいと思います。

最近、企業において心理的安全性の重要性が論じられています。

心理的安全性とは

「心理的安全性とは皆が気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしく居られる文化のことである」とその研究者であるハーバード・ビジネス・スクールの教授エイミー・C・エドモンドソンは言っています。

この心理的安全性は1960年代にⅯⅠT教授のエドガー・シャインとウォーレン・ベニスによって最初に語られ、彼らの著書「Tグループの実際 ― 人間と組織の変革」の中で次のように書かれています。

「組織改革の不確実さと不安に対処できるようなるには心理的安全性が必要である」。

また、シャインは後に次のようにも語っています。

「仕事をしていると、批評に対して神経過敏になったり『学習する不安』にぶつかったりするが、これを克服するためには心理的安全性が不可欠だ」。

心理的安全性が注目されるようになったのは、グーグル社が実施した「プロジェクト・アリストテレス」についての2016年ニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事がきっかけのようです。そのプロジェクトの内容は「最高のチームを作る要因は何か」ということを調査することでした。そして、その調査で見出された答えがまさに「心理的安全性」ということだったのです。

この心理的安全性が日本に伝わったのは2021年にエイミー・C・エドモンドソン著「恐れのない組織」が日本で出版された頃からだと思いますが、上記の心理的安全性についての記載もその著書から引用したものです。

ただ心理的安全性の概念が日本に伝えられた現在の日本の職場の状況はどうかというと、あまり心理的安全性が保たれているとは言えないように思います。

職場における強いストレスとその原因

厚生労働省による日本の労働者に対する調査(2020年実施)で「職場において強いストレスを感じることがある」と答えた労働者の割合は全体の54.2%とその半数以上に及ぶことが報告されおり、日本の職場で心理的安全性が保たれているとは言い難い状況のようです。

では、労働者は一体何に対してストレスを感じているのでしょうか。

それらストレスの原因についてもこの厚生労働省の調査は明らかにしています。その原因は…①仕事の質と量、②対人関係、③役割や地位の変化などです。

これらを見てみると、ストレスの原因は人が直接危害を加えられたり、生命を脅かされたりするようなものではないということです。現在の職場のストレスというものは、原始時代に人類が捕食者である野生動物などから受ける脅威とは異なるものであるということです。

では、私たちは何に反応して恐れを抱いているのでしょうか。それは他者からの評価です。人は他者からどのように見られているか、どのように思われているかということを心底気にしているのです。人は極めて社会的な存在なのです。そして他者から自分に対して受ける悪い評価を恐れているのです。仕事の質と量が自分の能力以上であると感じるとき、それらの仕事をうまくこなすことができなかったら上司や他の社員から悪く評価されるのではないかと恐れ、悪い評価を受けることを過剰に恐れることで行ったことが対人関係を悪化させ、それを苦にしたりということが起こるのです。

また、私たちがストレスを感じるもう一つの理由は何かを失うのではないかという損失に対する不安です。行動経済学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、人は利得よりも損失を強く感じる性質があり、平均的に人が金銭的損失から感じるマイナス感情の大きさは同額の金銭的利得から感じるプラス感情の大きさの1.5~2.5倍であると報告しています。(ダニエル・カーネマン著「ファスト アンド スロー(下)」)そのため人は損失を回避する傾向が強いのです。この損失回避性によって人々は損失から不安や恐れを強く感じてしまうのです。

これまで述べたことをまとめると次のようになります。

①人は他者からの評価に不安や恐れを感じる。

②人は損失に不安や恐れを感じる。

→そしてこれら2つが結び付くことで大きなストレスとなるということです。

つまり他者からの評価により自分が損失を被る可能性があることに対し不安や恐れを感じるということです。

人事評価制度をどうしたらよいのか

人事評価自体が人にストレスを与え、モチベーションを下げてしまうということであれば、どうしたらよいのでしょうか。

結論から言うならば、これまでの人事評価制度をまずは止めるということです。

これを聞くととんでもないことと思われるかもしれません。

しかし、これまでの人事評価制度やそれに基づく賞罰制度によって社員はストレスを感じてモチベーションを損なってしまっているので、それを止めることが得策なのです。

そして、これまでの人事評価制度がなくても社員のモチベーションを高め、社員と組織が成果を上げ、社員の成長を助けることができるということを理解する必要があります。それについて説明しましょう。

例えば、「家族」という組織について考えてみてください。ただここで家族と言っても、想像してほしいのはよい関係が築かれている家族です。もしか、自分の家族がそのような家族であれば自分の家族を想像してみて下さい。または他にそのような家族を知っていればその家族を想像してみて下さい。

そのような仲のよい家族について考えるとき、その家族では親が子供の良し悪しを評価することはほとんどありません。親が子供の学業成績や生活態度を点数付けしたり、それによって子供に対する態度を変えたり、賞罰を与えたりすることはないかと思います。ただテストの成績がよかったときに親が子供を賞賛したり、多少のご褒美を上げたりということはあるかもしれませんが、それによって極端に冷遇したり優遇したりといったことはないのです。このような親の子供に対する態度の根底には、子供の成績や行動のよし悪しによって子供自体の存在価値は上下しないという原則が存在しているのです。つまり、そのような親には子供に対する無条件の承認があるのです。このような家庭では、子供たちは心理的安全性を感じ、様々なよいことを自ら試すゆとりがあるのです。

そのような家庭では子供たちは親という寛大な支援者によって現状に不安や恐れを感じることがないためよりよい将来の可能性に目を向けることができます。子供たちの脳の前頭葉は不安や恐れに支配されることなく、将来への希望やビジョンを構想し、学習にフルに用いることができるのです。

しかし、会社では真逆なことが行われているのです。社員は成果や能力や特質によって評価され、何かを失うのではないかという恐れを感じながら年々評価されているのです。ですから、人事評価制度が与えるマイナス面に早く気付いて、会社における間違った従来の人事評価制度や慣習を止める必要があるのです。

その後で、新たな仕組みをつくることです。私は人事評価制度といった言葉があまり好きではありません。それについては先に述べた理由すなわち人事評価制度という言葉には人の絶対的な存在価値を脅かす可能性があるからです。人の価値の尊さに疑いを挟むことがあってはいけません。人は無条件に価値ある存在なのです。人が他者を評価することは適切ではありません。人は理解される存在なのです。

さて、今回は従来の人事評価制度は社員にストレスを与え、モチベーションをうまく高めることができていないということをお伝えしました。そのため、まずは従来の人事評価制度を止める必要があるとお伝えしました。

では、どのような仕組みがよいのかとなるわけですが、これについてはまたの機会にお話ししたいと思います。では。お元気で。