人を自由にしてあげる。

目次

▪外的な自由と内的な自由

組織のマネジメントにおいて、とても大切なことは組織に関わる人々が成果や喜びを得られるように助けることです。ではどのようにしたら、それができるのでしょうか。今日はそのことについてお話ししたいと思います。

早速結論をお伝えしますと、人が成果を上げられるように助けるために私たちができること、それは...

「人を自由にしてあげることです」。

これを聞くと抵抗感を覚えられる方もおられるかもしれません。なぜなら人を自由にしてしまえば、その人は怠けて働かなくなるのではないかと考えてしまうからです。しかし、この考えや抵抗感が、人が成果や喜びを得ることを阻んでしまうのです。

また、あるマネージャーは社員が失敗することを恐れて、社員に大きな仕事や責任を与えることを差し控えてしまうこともあります。そのようなマネージャーは社員に使い走りのような単純な仕事ばかりをさせて、社員に裁量権を与えることもなく、事細かに指示を出したりします。

しかしそのようにしていたら、その社員は大きな成果を上げることも、達成感や喜びを感じながら成長することもできないでしょう。その人が大きな成果を上げ成長するためには、役割や権限や資源を得て、やりがいのある仕事に携わる必要があります

では、仕事や役割や権限を与えられれば社員は自由になるのでしょうか。

それは、ノーです。

人は大きな仕事や権限を与えられたとしても、その人にそれをうまく果たすだけの知識や能力や特質がなければ自由に働くことはできないでしょう。ですから、その人が与えられた仕事をうまく果たすことができる能力や特質もその人の内側に与える必要があります。

これまでの話をまとめると人には次の2つの自由を与えて上げる必要があるということです。

【人が成果を得るために必要な2つの自由】

①外的な自由・・・仕事、責任、役割、権限、資源 etc.

②内的な自由・・・能力、特質、知識、価値観etc.

そして次に大切なことは、これら2つの自由すなわち、外的な自由と内的な自由をどのように人に与えるかということです。

▪外的な自由と内的な自由の適正なバランス

心理学者ミハイ・チクセントミハイは人が何らかの価値ある活動をコントロールしながら、我を忘れてそれに没頭している体験を「フロー」と呼びました。このフローは人にとっての最適状態であり、人に幸福感を与えるということです。

チクセントミハイはフロー体験が生まれるときにはある種のバランスが関わっており、それは仕事における「挑戦」と人の「能力」とのバランスであり、これら挑戦と能力のバランスが適正であるときにフローは起こるということです。

次の図を見てください。ここには人が仕事をするときに、その人の持っている能力と仕事における挑戦のバランスとフローとの関係が示されています。

(参照:ミハイ・チクセントミハイ著「フロー体験 喜びの現象学」)

この図で示すように、能力が低く挑戦度が高いときには、人は不安の領域に入ります。この状況ではタスクに対して力不足であるため、人はストレスや苦痛を感じてしまうのです。

一方、人の能力が高く、挑戦度が低いときは、人は退屈の領域に入ります。この状況では、人はタスクに対し物足りなさを感じ、やりがいや面白みを感じないのです。

チクセントミハイの述べるフローが起こるときの挑戦と能力の適正なバランスは、まさに、人が仕事で成果を上げるときの外的な自由と内的な自由のバランスと言ってもよいと思います。

人が幸福になるためには、2つの自由すなわち、外的な自由(タスクなど)と内的な自由(能力など)をバランスよく与えられるときにフローという幸福な状態がつくられるということです。

しかし、実際の会社においては、この2つの自由をバランスよく社員に与えているとは言い難いように思います。それによって、半分以上の社員が強いストレスを感じている状態にあるのだと思います。

会社は深刻な抑うつ状態にある社員に対し、仕事を減らしたり、異動させたり、パワハラを規制する規定を設けたりしますが、これらは外的な自由に関するアプローチであり、これだけでは人のストレスや不安を解消し、フローに至らせることは難しいでしょう。

会社などの組織に不足しているのは、まさに内的な自由を人に与えるアプローチです。

▪人の状況に応じたアプローチの必要性

人の状況に合わせて、外的な自由と内的な自由を与えるアプローチについての議論はあまりされていないように思います。経営学において、かつて、行動科学者ポール・ハーシーと組織心理学者ケン・ブランチャードは「状況対応型リーダーシップ理論(Situational Leadership Theory)」、略称「SL理論」において、リーダーは人をどのように導くかは、フォロワー(社員)の仕事における発達度に応じて変える必要があることを提唱しました。

SL理論では、次の図に示すように4つのリーダーシップ・スタイルによってリーダーはフォロワーを養い導きます。リーダーはフォロワーの発達度の低い状態から高い状態へと図の赤線の矢印方向へ導いていきます。すなわち、「指示型」→「コーチ型」→「援助型」→「委任型」へと導いていくわけです。

図の引用先… http://www.earthship-c.com/leadership/situational-leadership-theory/

まず、リーダーはフォロワーの発達度を観察し、それを理解します。

そして、フォロワーの発達度が低いときには、フォロワーは仕事において分からないことが多いため、リーダーは何をすべきか事細かに指示をフォロワーに与えることになります。すなわち「指示型」の行動を取るわけです。

次に、フォロワーが仕事において経験を積み、発達度が増してくると、指示することを幾分減らし、フォロワーの考えを尊重しながら、フォロワー自身が正しい行動を選択できるよう支援します。指示的行動から援助的行動に徐々に切り替えていくわけです。これが「コーチ型」というわけです。

さらに、フォロワーの発達度が増してくると、指示的行動をさらに減らし、援助的行動を増やします。ここでは、リーダーはフォロワ―の意見や考えをかなり尊重し、彼らがそれらを実行できるように資源や励ましを与えたりします。このように「援助型」へと移行します。

最終的には、フォロワーの発達度が極めて高くなり、ほぼリーダーと知識や能力において同等以上となるときに、リーダーは責任や裁量権をフォロワーに与え、仕事をフォロワーに委任します。これが「委任型」というわけです。

SL理論のようなフォロワーの状況に応じたリーダーシップは必要であり、ある意味当然のスタイルと思いますが、SL理論の他に人の状況に応じてアプローチを変える手法や理論が経営学の中にあまり見られないのは不思議なことです。普通に考えて、人の状態が大きく異なっているときに同じスタイルで、人に接することは間違っており、うまくいかないことは当たり前のように思います。

例えば、子育てにおいて、3歳の子供への接し方と13歳の子供への接し方が異なるのは当たり前であり、子供が23歳ならば更に接し方は変わることでしょう。つまり、当然のように人の発達度に応じて私たちはアプローチを変えているのです。

▪人の感情を理解したアプローチが鍵となる。

人の状況に応じてアプローチを変えるということをSL理論は伝えていますが、ここで大切なことは人の発達度をどのように見極め、その人の状況に応じてどのような指示や援助を与えるかということです。

SL理論では発達度の低いフォロワーに対しては指示的行動をリーダーは取るということですが、経験の浅いフォロワーに多く事細かな指示を与え過ぎるならば、フォロワーはストレスを感じたり、モチベーションを落としたりするかもしれません。つまり、発達度の低いフォロワーに対し、SL理論の言う指示型は適さない場面があるということです。

また、SL理論では発達度の高いフォロワーに対しては、権限委譲し仕事全般を委任してしまうということですが、そのようにしたときに、知識や能力の高いフォロワーが自身に与えられた権限を利用し、仕事を通して不正な利益を着服するようなことは起こり得ないのかということも考えなくてはいけません。

つまり、人の状況を理解するときには、理知的な側面だけでなく、感情的な側面にも目を向ける必要があるということです。SL理論はフォロワーの状況に応じてリーダーシップのスタイルを変えるということですが、この状況に応じてリーダーシップ・スタイルを変える点については正しい考えと思います。

しかし、次の2つの点でSL理論を補う考えや手法が必要であると思います。

1つは、フォロワーの状況を把握するときに、理知的な側面や技能的な側面のみならず、感情的な側面やモチベーションに目を向けることができるよう、その物差しである「発達度」の定義や基準を明確にするということです。

そして、もう一つはリーダーの取るべきアプローチ、すなわち「指示的行動」と「援助的行動」について、これらはフォロワーの知識や技能の向上のみならず、感情や欲求を配慮したアプローチを取るということです。

さて、人に喜びと成果をもたらすために「人を自由にして上げる」ということを最初にお伝えしましたが、「人にどのように外的な自由と内的な自由を与えるか」ということはマネジメントにおいて鍵となります。

経営学はこれまで人の理知的側面・思考的側面についての偏重が強く、感情的側面についてのアプローチが不足していたように思います。これはかつての経済学においても言えることですが、今後は感情的側面へのアプローチが必要であることは間違いないと思います。

アンダスタンディング・セオリーは真実理解についての理論ですが、これは人の外界で起こる事実や真実を理解することだけでなく、人の内面で起こる事実やそこに働く真理を理解することが含まれます。アンダスタンディング・セオリーでは、人の理知的・身体的・感情的な状況に応じたアプローチを取ることを定式化しています。すなわち、シチュエーショナルな理論なのです。興味がありましたら是非お聞きになってみて下さい。

ではお元気で。